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2007年08月29日(水)更新

忘れられない夏の思い出 沖縄・竹富島へ行ってきました! ─3─

からの続き)

竹富島の魅力はなんといっても
集落の美しさにあるでしょう。

司馬遼太郎さんの『街道をゆく 沖縄・先島への道』
(朝日文庫 91、92ページ)から
ちょっとだけ引用させていただきます。

 やがて集落に入った。
 集落はじつに美しい。本土の中世の村落のように
条理で区画され、村内の道路はサンゴ礁の砂ででき
ているために、品のいい白味を帯び、その白さの上
に灰色斑(はいいろまだら)ともいうべきサンゴの
石垣がつづき、そのぜんたいとして白と灰色の地の
上に、酸化鉄のような色の琉球瓦の家々が夢のよう
にならんでいるのである。
               

なごみ

これは島で一番背の高い構築物といわれる
「なごみの塔」のてっぺんから撮りました。

こうした集落を形作る家々はどうなっているかというと、
門を広く開け、その内側に下の写真のような、
半開放的な「ひんぷん(漢字は「屏風」)」という
仕切りを設けています。

竹富島だけではなく
沖縄の伝統的な家屋に見られる構造だそうです。

ひんぷん

こちらは花や木のひんぷん。なんだか素敵ですね。

ひんぷん2

閉じているようで閉じておらず、
町と住まいが一体化しつつ、仕切られてもいます。

町並み全体から、美しさが立ちのぼってくるように感じられるのは、
この「ひんぷん」によるところも大きいのではないかと思いました。

もちろん、町並みの美しさが保たれているのは、
住民のかたがたの努力に尽きます。
毎朝、自宅の前の道を掃き清めるのが、全島民の日課だそうです。

さらに、昔風ではない、ちょっと遊び心のあるシーサーを
屋根に乗せた家もあって、町の華やぎに一役買っています。

シーサー

さて、有名な「星の砂」が採れる
カイジ浜(別名星砂浜)にも足を運びました。

あんまり観光客が採ってしまうものだから
肝心の星砂が減っているそうです。
なので、てのひらに乗せて写真に収めるだけにしました。

すな

竹富島は、石垣島から日帰りで渡る観光客が多く、
そうした方はレンタル自転車で動くようですが、
私たちはそれはせず、ひたすら歩きました。

夜になると、どこからともなく三線の音が流れてきます。
本土とは違った時間の流れ方を感じました。

島の伝統や美観を守ろうという美意識にあふれた
誇り高い人々が文化的に暮らす一方で、
近くの西表島ほどではないけれど、自然も豊か。

持参したコンパクトデジカメのキャパと私の腕の問題とで、
残念ながら写真に収めることはできませんでしたが、
ばさばさと羽ばたくオオコウモリ(翼を広げると1メートル超)に
遭遇して腰を抜かしかけたり、目の前を珍しいセマルハコガメが
横切ったり。
綺麗なオレンジ色をしたカワセミの仲間、
リュウキュウアカショウビンの声で朝、目覚めたりもしました。

竹富島のよさは、日帰りではなく
泊まってみて、そして歩いてみてこそ、
感じることができると断言します。

旅に出ると、どんな土地でも名残り惜しくなるほうですが、
来年も再来年も来てみたい、
そして、できればいつか、ここで暮らしてみたい……
とまで思ったのは、本当に初めてのことでした。

(編集部・酒井俊宏)



keikai
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2007年08月28日(火)更新

忘れられない夏の思い出 沖縄・竹富島へ行ってきました! ─2─

からお読み下さい)

前回からの続きです。

海

竹富島で唯一の海水浴場、コンドイビーチです。

私はここで三日間、ずっとシュノーケリングにはまっていました。
潜って水中メガネで見渡すと、
向こう10メートルくらいまでくっきり見える感じ。
鮮やかな色合いの魚たちが群れていました。

エメラルドグリーンの海は遠浅で、
子供を遊ばせるのにも安全だと
八重山諸島でも屈指の人気ビーチになっています。
この時間は朝で、まだ海水浴客は稀でした。

うっすらと奥に見えるのが西表島。
手前に見えるのがNHKドラマ『ちゅらさん』の舞台となった小浜島です。

昼になるとビーチはこんな感じでにぎわいます。

ビーチ2

売店はこのワゴン車のみというのが素晴らしい。
シュノーケリングの道具や浮き輪もここで借りられます。

海も満喫しましたが、
何と言っても沖縄はごはんがうまい!

3連泊した高那旅館の食事は最高でした。
これは2日目に出た石垣牛のステーキ。
変に霜降りじゃないのがまたよかったりします。

にく

ちょっとエビスヤの山岸さんのブログを意識して撮ってみました。
山岸師匠、いかがでしょう?


えび

これは3日目の夕食に出た、車エビのフライ。

実は竹富島は、車エビの養殖で知られています。
養殖ものとしては最高級との評価を受けていて
東京の料亭にも入るそうです。

なぜ車エビが名物になったのか。
実は、これといった産業のなかった島に事業を起こして
少しでも過疎化を食い止めようと、
島の顔役である上勢頭(うえせど)保さんという方が
車エビ養殖会社「竹富エビ養殖」を立ち上げられたそうです。
島の南側に養殖場があります。

上勢頭さんは、雇用を生み出して人を増やさないと、
伝統ある祭りもいつか途絶えてしまう──
そんな思いから起業されたそうです。

以上は、旅に出る前に新聞記事で知りました。
とてもいいお話だと思います。

>>>
http://www.yomiuri.co.jp/tabi/domestic/foodki/20061010tb01.htm

ぷりっぷりの美味しいエビを堪能したら、
この記事のことを思い出しました。

仕事を忘れて過ごすつもりが、
近いうちに、また竹富島へ来て、
この会社に取材でお邪魔してみたい気持ちになりました。

こういう心意気というか、志のある方は尊敬しますし、大好きです。
加藤編集長、出張OKですよね? 駄目かな……。

まだまだ書ききれず、次回も沖縄です。(へ続く)

(編集部・酒井俊宏)



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2007年08月24日(金)更新

忘れられない夏の思い出 沖縄・竹富島へ行ってきました! ─1─

19日から22日まで、
家内と二人で沖縄・竹富島あたりを旅していました。

竹富島は、八重山諸島の石垣島から
フェリーで10分少々のところにある、周囲約9キロしかない、
珊瑚礁が隆起してできた小さな島。
人口も300人ほどだそうです。

以前、この島の集落の美しさを絶賛する
司馬遼太郎さんの『街道をゆく 沖縄・先島への道』の記述を読んでから、
いつかは訪れたいと思っていた島で、ようやく念願が叶いました。

裏方の私の旅の話など載せるのもどうかと躊躇しましたが、
あまりにも素晴らしい島だったので、どうかご勘弁ください。

宿は3泊とも『高那旅館』さん。
司馬遼太郎さんも泊まったそうで
そのときの模様も『街道をゆく』に記されています。

ちゃ

高那旅館さんは、ウェルカムドリンクで迎えてくださいました。
お茶は『さんぴん茶』。
ジャスミン茶みたいな味の沖縄のお茶です。

なお、この島には鉄筋造のホテルなどは一軒もありません。
島の人々の申し合わせによって、
自宅を改装した民宿が十数軒あるのみです。

同じく申し合わせで、
島民か、島に永住したいという人以外には
土地を売らないという取り決めがあり、
島の景観をみなさんで守っておられるそうです。

うし

島を一周する『水牛車』。竹富島の名物です。


まち

メインの通りからはずれるとこんな感じです。


ばなな

こんなふうに、「島バナナ」があちこちで実っていました。

まだまだたくさん、お見せしたいところがありますので、
何回かに分けて書きます。(へ続く)

(編集部・酒井俊宏)



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2007年08月15日(水)更新

こんな経営者にお会いしてきました ─セコム創業者・飯田亮さん─

数年前、経営者会報の対談記事でお会いし、
そのあとも何度か取材をさせていただいた
セコム最高顧問の飯田亮さん
抱いていたイメージ通りの
とてもダンディな方でした。

1933年のお生まれですので、対談当時、
すでにお年は70を超えてらしたはずですが、
背筋はぴんと伸び、ほほえみを絶やさない。

その対談中、
飯田さんは、ご両親に温かくも厳しく育てられた
思い出を話しておられました。曰く、


「幼い頃、父に連れられて外出したときなど、
駅で疲れてしゃがみこもうとすると、父から
『しゃがむんじゃない。しゃがんでいる人を
見てごらん。恰好悪いだろう』と叱られまし
た。母は、私がため息をついたときには必ず
『ため息をついてはいけない』と厳しく諭す。
不思議なもので、そんなふうに躾けられてい
るうちに、ため息をつかなくなりました」


しゃがむのもため息をつくのも、
その行為がさらに自分の心理に影響して、
余計にマイナス思考になるように思います。
まったく及ばないながら、
私もこのお話を聞いてちょっと実践しようと思った次第です。

さて、対談前、早めにお越しになった飯田さんは、
当社でカメラを担当しているS君(現在40歳)に対してしきりと話しかけ
ふと私が気づくと、
「ほお、Sさんは猫がお好きですか。猫は可愛いよね」
などと会話が弾んでいました。

さらに驚いたのはこのあとです。
S君はそれ以前に一度、飯田さんの取材で撮影をさせていただいたことがあり
この対談の時は新婚ほやほや。

飯田さんは、彼の左手の指輪を見るなり、
「君、ご結婚なさったの?」
彼が「はい」と、おのろけ顔で言うと、間髪入れず
「そうか、それはおめでとう」
と祝福してくださったのです。

普通は事務方にはあまり話しかけたりしないのが、このクラスの人ですが
飯田さんは分け隔てはなさらない。そこにスケールの大きさを感じました。

一方で、一度しか会っていない事務方を覚えており、
しかも指輪のことまで見ている注意力と記憶力にも驚きました。
『大物』というと、細かいことにはかまわない、豪快な人を想像しがちですが
本当の大人物は、実は濃やかなのかもしれません。

だからこそ、周囲の人を魅了し、自ずと事業が育っていくのではないか。
そんなことを感じました。

     *        *        *

こんな形で、今後も、過去お会いした、立派な経営者のお話を、
ときどき書いていきたいと思っています。お目通しいただけたら
幸いです。


■セコム株式会社>>>
http://www.secom.co.jp/

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2007年08月01日(水)更新

取材日記─番外編─ 出雲・石見は“神々の国”でした

前回、前々回に書いた通り、
先週、中村ブレイス社長・中村俊郎さんの取材で
出雲・石見へ行ってきました。
(記事は経営者会報9月号に掲載されます)

帰りの便まで、けっこう時間が空いてしまい、
少し一人で見て回るつもりだったのですが、
取材に同行してくださった地元のカメラマン・Dさんが、
非常に気さくな、ホスピタリティに溢れたかたでした。

「せっかくですから、ご案内しますよ」とおっしゃって
石見銀山から、出雲大社、日御碕(ひのみさき)、
さらに荒神谷遺跡まで、ご案内してくださったのです。
(一度は固辞したのですが…)

私自身、島根県は初めてということもあって新鮮な旅でした。
素人写真で恐縮ですが、行く先々で撮った写真をご覧下さい。


出雲大社
(出雲大社・構図が駄目ですね…)


日御碕
(日御碕)

日御碕は名勝として知られています。
カメラマンD氏は
「(宮城の)松島よりも日御碕のほうが綺麗でしょ」
と言っておられました。
実際、ちょっと見たことのない景色です。
このあたりでは、美味しいイカが獲れるそうです。


ワイナリー
(島根ワイナリー)

存じませんでしたが、出雲は実はぶどうの産地でもあります。
40ン年生きているのに、
実に知らないことばかりだなと思いました。

さて、一番びっくりしたのは帰りぎわに空港の近くで見た
この築地松(ついじまつ)です。


築地松
(築地松・車中から撮影)

お屋敷の風よけとして、近隣の斐伊(ひい)川流域の古い農家には
たいがい、この松でつくられた大きな生け垣があったそうです。
出雲地方でしか見られないもので
実際、私は初めて見ました。

空港に降りたったときは、うかつにも取材先の資料を車中で眺めていて
気づきませんでした。
逆の方向から来たために気づかなかったのもありますが、
やはりせっかく知らない土地に来ているのだから、
もっときょろきょろすべきだったと後悔した次第です。

このお宅のものは、綺麗に手入れされていますが
なかには手入れが行き届いていないお宅もあります。
松食い虫の駆除のためのクスリが高価なのと、
剪定できる職人さんが減っていることなどから
どんどん減少しているみたいです。

写真には撮りませんでしたが、出雲空港前の道路には、
街路樹のようにして、この築地松が植えられ
よく手入れされていました。

「地元では皆で官民挙げて保存に努めていますが、
いつか、ここ(空港)にしか残らない、
なんてことになってしまうかもしれません」
とカメラマンD氏が寂しそうにつぶやきました。

出雲大社を守る千家(せんけ)家や北島家の方が、
それこそ神代の昔に家系を遡れることに象徴される通り、
神々の国、と言われる出雲地方ですが
初めて訪れた私も、そんなたたずまいを感じました。

それはきっと、
地元を愛し、地元の美観を守っていこうという人たち──
中村ブレイス・中村社長のように、石見銀山の保護に努めた方や
この築地松を残そうと頑張っておられる方たち──が、
数多くおられるからでもあるでしょう。

その方たちの存在もまた、
“神々しい”と表現しても差し支えないのではないか。
そんなことを思いながら、出雲をあとにしました。

(編集部・酒井俊宏)




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個人プロフィール

『月刊ニュートップリーダー(L.)』(前身は「経営者会報」)編集部にて社長の取材記事を担当。十数年の間に800名以上の経営者に取材、多くの経営者に感銘を受けた経験から、「日本を支えているのは中小企業とその経営者」と確信し、敬意を抱いている。『経営者会報ブログ』サイト編集部員も兼ねる。

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